台湾は金門海峡を挟んで中国と対峙している。大陸には台湾向けのミサイルが○○発台湾の主要拠点向けにロックオンされていると言われている。台湾には緊張感があった。 日本に居たときに台湾空軍が高速道路から戦闘機の離着陸訓練をしている様子が映し出されていた。
台湾の総統府を見学したが上級公用車は全部キャでラックだった。街を走っている車の90%以上は日本車でアメ車などは見かけない。富裕層はベンツかBMWだ、レクサスも結構多い。これからは多分レクサスがドイツ車を凌駕するだろう。
経済関係は日本の方がアメリカよりもずっと強いはずだ。しかし、誰でも一番大切なのは命だ。世界有数の一人当たり外貨準備とGDPを誇る台湾は中国にとっても垂涎の的であるはずだ。アメリカが居なくなれば台湾は即日取られる。「お金の関係の日本」と「命の関係のアメリカ」では重要さの質が違う。
台湾の富裕な人達は究極のリスクマネージメントをしている。子息はアメリカやカナダ、オーストラリアの大学へ留学させ、居住権や巧く行けば国籍も取得している。いざとなれば子息を頼ってこれらの国へ脱出出来るからだ。
HISの料金の中にチャーターバスでの「台北1日観光」が入っていたので頼んだ。色んなホテルを廻ってHISで来た人達をピックアップし一緒にバスで廻る観光だ。安い料金で来た人達は「ホテルは酷すぎる」としきりに言っていた。観光の楽しさは半分以上ホテルで決まってしまうので、ホテル代を余り惜しむのは賢くない。
私のホテルの選定基準は「最低自宅並みの個室」だ。自宅も内装や家具には結構凝っているので、安いホテルではなかなか当てはまらない。「夢を買いに来ている旅行」で、惨めな宿は「旅行の理念」に反する。
保安宮
孔子廟(定休日なので外から写した)
観光のルートは保安宮、孔子廟(月曜日で休み、代わりに行天宮へ)、行天宮、故宮博物館、忠烈祠(日本の靖国神社)、お土産屋、梅子飯店(有名な台湾料理の店)、中正紀念堂、お茶の店、足裏マッサージ、DFSなどだ。故宮博物館は結構時間があり十分とはいえないまでも結構楽しく見られた。
行天宮(病気治癒の神様で熱心な信者が多い。護摩も焚いていた)
前から思っているのだが故宮博物館の絵画には観るべきものが殆どない。又一番人気の「翡翠の野菜」にしてもその他の秘宝にしても、珍しいものではあるが「美術的な美しさや繊細さ、心に訴える」などでの評価では別物だ。作るのはきっと大変だったに違いないモノがこれでもかとある。でも「美」の世界の評価とは同一ではない。多分、時の支配者が好んだから珍重されたのだろう。
故宮博物館(新館の入口にルーブル宮のピラミッドライクなものができていた。中国4千年の歴史と習っていたがいつの間にか8千年になっている。白髪3千丈の類か?翡翠の白菜は写真を又写したものだ。館内は撮影禁止だが結構写している人が居た。中国人は何事にも逞しい。)
そうは言っても、陶器や磁器は特別だ。実に形も良く色も美しい。表面に書いた絵も素晴らしい。青磁や白磁については大阪中ノ島の東洋陶器美術館の外光を取り入れた展示の方が優れていると博物館の案内の人も言っていた。人工の光では青磁や白磁の微妙な色が見えて来ないのだそうだ。また陶磁器にこれだけの絵を描ける職人がキャンバスや紙の上に絵が描けないはずはない。これも支配者の好みの故か?
ここが博物館であって「美術館」でない訳がここにあるのかも知れない。ルーブルやプラドとは異質のものだ。むしろ「紫禁城の美術館」の方が美術の観点からは良いのかもしれない。敗走の途中では余り大きなものは持ち出せなかったはずだから。でも絵は巻き取れば良いので別だが・・・。元々無い?
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空港からの送迎バスでアテンドをしてくれた李さんが「淡水」は素晴らしいといっていたので午後の空き時間を割いて、淡水へ行くことにした。そういう李さん本人は他の客を九吩(ジョウフン;フンの字は人偏、日本語WORDには適当な字が無い)に案内していた。
淡水は淡水河の川辺の町でMRT淡水線の終点で40分ほどの距離だ。泥縄で淡水の観光案内を見ている間に淡水の駅に着いた。何処の駅もそうだが台湾のMRTの駅は実に豪華で立派だ。まだ観光もしていないのに感激して写真を何枚も写した。
地図を頼りに先ずは昼食をするレストラン「余家孔雀蛤大王」へ行った。何が一番のお勧めか店員に聞いたら孔雀蛤と言ったのでそれに決めた。ムール貝に似た淡水の貝でニンニクや唐辛子、バジルなどと一緒に炒めたものだ。余りにも安いので空心菜の炒め物も頼んだ。紙コップで缶ビールを飲んだ。貝がアルミのどんぶり一杯もあり、ニンニクが効いて美味しかった。600円位で悪いような気がした。幸福感も一緒に味わえた。とっても素朴で感じの良い店だ。余計なサービスは全くない。
食後に歩いて2kmほど先の紅毛城(サンドミンゴ要塞)へ行った。結構遠かった。17世紀にスペイン人が築いたもので、オランダ人の手に渡り、その後はイギリス人が領事館として使っていた。小高い丘の上にあり見晴らしの良い要害の地だった。緑の芝生に映える赤レンガの建築で立派なものだった。建物の中も参観できた。大砲などもあり要塞の雰囲気を今に伝えていた。子供達が課外授業で大勢来ていた。
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今回はJASIPA台湾視察団の団員として台北に来た。旅行の手配は行きつけの飯田橋のHISに頼んだ。妻がインターネットでの手配を主張したが今回は仕事なので確実な線でHISにした。実際の手配は「プロ集団」には程遠く、最初にお願いした「ミラマーガーデンホテル」は取れなかった。第2候補の元インターコンチネンタル系のインペリアルホテルにやっと決まった。決まるまでに結構時間がかかった。ネットなら即決なのでもうHISの時代は終わったと思った。HISのオフィスで待っていると一つ手配に結構時間がかる。しかもその場で決まらない。要するに生産性が低いのだ。
このホテルも建物はまあまあだが運営は結構いい加減だ。禁煙室を頼んで、チェックイン時にも再度確認し受付の女は「間違いなく禁煙室です」と言っていた。部屋には灰皿があって、エレベータの出口にも右は禁煙エリア、左はそれ以外だった。515号室は左だ。
エレベータホールと部屋の外観(一枚はワードローブの鏡に映った部屋を写した)
夜中にバーで酒を飲んでいると「騙された」と妙に腹立たしくなった。フロントはバーの直ぐ近くなので空いている時刻を見計らってクレームを付けた。最初は凄く抵抗していた。「煙草臭い」と言ったら、雑用係を呼んで消臭剤をもって来させ「これで消臭に行かせる」と言ってきた。何でもありの手合いだ。平気で嘘もつく。それからさらに厳しい交渉をして結局は6階禁煙フロアの同じクラスの部屋に替えてもらった。615号室だ。
このホテルはインターコンチネンタル系だったからか、欧米系の泊り客が圧倒的に多い。 小振りだが質の良い建物だ。チップも誰も受け取らなかった。フロントだけが感じが悪い。しかし、これで「もう十分だ」が。
デスクと水周りとベッド(インターネット接続も出来た)
前にバンコックのシャングリラでも同じ様なことがあった。シャングリラはごめんだみたいな感じがあり、セブ島ではヒルトンに泊まったらシャングリラの方がずっと大きくて良かった。実際には泊まってみないと分からない。ここがホテル選びの難点だ。
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